【山 名】 | 岩国山 |
【標 高】 | 277.8m |
【場 所】 | 岩国市 |
【登 頂】 | H24.4.9(月) |
【アクセス 】 | JR五日市駅8:14→JR岩国駅8:50→市営バス駅前バス停9:00→椎尾八幡宮バス停9:20 |
【行 程】 |
○椎尾八幡宮9:38→登山口9:39→山頂1400m表示9:50→山頂10:27→鉄塔10:31 ○鉄塔10:39→山頂10:42→椎尾八幡宮11:16 |
【メンバー 】 | 美11名+2名 |
【過去記録】 | H24.2.8 |
【概 要】
岳友の花見登山としての山歩きでした。岩国山は錦川の東側に位置し標高は300mにも達しませんが、アベマキの大木が見られるなど市街地の里山らしからぬ雰囲気を持っています。山頂からの展望は良くありませんが芽吹き始めたばかりの林の中、落ち葉を踏んでのトレッキングは実に心地の良いものでした。おそらく紅葉の時期も負けず劣らずの雰囲気でしょう。下山後は錦川を目指しますが、桜がちょうど満開を迎えた錦帯橋界隈は静寂な山中と打って変わって大変な賑わいでした。
○ 岩国駅前バス停から1時間一本の電車型バス「いちすけ号」に乗り合わせることができました。車名は車内の案内によればの東芝の創設者藤岡市助に由来するとか。バスは椎尾八幡宮のバス停に向かいますが、一方通行の狭い道を抜けての旧市街地は岩国の観光化しない一面をみせてくれます。
○ バス停からは左手錦帯橋寄りの医院の看板か椎尾八幡宮の階段を登りますが、今回は八幡宮手前の擁壁に付けられた道を登り直接境内にでました。境内には椎尾八幡宮の縁起を記した案内板があります(内容は後述を参照してください)。参拝、服装調整の後に駐車場先の登山口に向かいます。
○ 山火事注意の木柱の立つ登山口から階段を登ると右手には錦見浄水場が見え、バイパストンネルの上と思われる辺りでは左手に岩国城や錦川が梢越しに見えます。山頂1400m地点を過ぎた辺りでシュンランを一株見かけました。
○ 二個所ほどの石の露出した場所を越えると雑木林の中、尾根道の快適なトレッキングが始まります。穏やかに登る道には早くもミツバツツジが花開いていました。
*ここで突然ですが用語に関する私見について
レクリエーションとしての登山の範囲で考えると
(ハイキング):ウォーキングと同義で健康のため一定のコースや距離を歩くこと。
(トレッキング):植物観察のような趣味が主目的で、山頂を目指すのは2次目標
(登山):山の頂上やより高い地点を目指して登ること。
に区別されますがもちろん三者は厳密ではなく、多くは重複しまた混用されているようです。
(参考:ウィキペディア)
○ 展望のない尾根道ですが反射板の所では南岩国の方が開けています。稲荷の祠を過ぎて急坂を登ると山頂ですが、成長した樹木に囲まれてわずかに岩国基地方面が望めるだけです。2月に登ったときには掛かっていた山頂表示板が見あたりません。先日の強風で飛ばされたのでしょうか。
○ 展望のない山頂は早々にして次の鉄塔を目指します。大谷方面や西岩国駅などへの分岐点の四差路を過ぎるとすぐ展望の鉄塔です。ただ今回は春霞で四国までは見通せません。しばらく展望を楽しんだ後はSさん、Mさんの待つ集合地まで引き返します。
○ 帰路は往路たどりますが市街地の里山には珍しくアベマキの大木が並木のように続く道は、穏やかな陽光と相まって快適です。下山路から見下ろす錦川の駐車場は既に多くの車で埋まっていました。
広島里山紀行 記
椎尾八幡宮略縁起
御祭神 誉田別命 ・足仲彦命 ・息長帯比売命
相殿 猿田彦神
當宮は後水尾天皇の寛永三年(一六二六)に、時の岩国二代藩主吉川美濃守廣正公が、吉川歴朝の守護神である駿河八幡宮(この駿河八幡宮は吉川氏の始祖、経義公が、その昔、駿河国有度郡吉河邑(今の静岡県清水市)に住し、其の地方の豪族として在りし頃、文治二年(一一八六)に鎌倉の鶴岡八幡宮より神霊を勧請したるに起因す。)の神霊を郡内由宇村より現地に奉遷し、同時に、太古、岩国山東北の谷に古き社祠あり。山麓の谷々は現在和木町に属する瀬田、関ケ浜部落で、其の地に椎尾と称する地名あり、古き社祠にて猿田彦神を祀る。此の神、伝えによれば、遠き神代の昔、皇孫御降臨の砌り、道案内として、此の岩国山を御通過の折、暫く伊勢ケ丘の峯にて御腰をかけ給い因縁あり。その神跡を偲びてか、往古より道中安全の守護神として広く旅人に崇められ、聖武天皇天平二年(七三〇)大宰小典山口忌寸若麻呂、この山を越す時、「周防なる磐国山を越えむ日は手向けよくせよあらき其の道」(万葉集巻四)に詠めり。それより後、後土御門天皇文明十二年(一四八〇)宗祇法師諸国行脚の砌り、この山に差しかゝり無礼あり、彼が馬、俄に倒れて進まず、宗祇は困り里人に助けを求めた処、里人この時、此の神「人の不浄不敬を咎め給う事、諸神にまされり、旅人神慮に添わざる振舞あらば其の誤りを謝して祈り給え」と話す。宗祇神前に額づき誓願誠心を尽くすと馬、不思議に前の如く進み、宗祇この時、万葉の歌を飜詠して「周防なる岩国山を越えむ日は手向けよくせよ荒木楚の神」と詠めり。是より此の神を荒競の神とも云い、別名、荒木曽神社とも称さる。則ち、藩主吉川廣正公、この神霊と八幡大神とを合せ祀りて、現地山陵を切開き祠殿を建立して、茲に、号を椎尾八幡宮と称し、爾来吉川歴代藩主にあっても代々厚く崇敬せられ、更に岩国藩国家万民の鎮護社として、また、當町郷人の産土神として、広く世人の敬仰さるゝ宗社として現今に至れり。
椎尾八幡宮
9:00 岩国駅前、「いちすけ号」で発車 | 9:38 椎尾八幡宮をスタートです |
9:39 登山口になります | 右手に錦見浄水場を見て進み |
9:50 山頂まで1400m地点 | |
|
|
10:20 反射板です | 山頂直下の急坂を登ると |
10;27 山頂に到着です | |
一旦下り四差路を過ぎると | 10:31 鉄塔に到着 |