【概 要】 |
牛田山は市街地に浮かぶ浮島のような存在で広島市東区の里山で見立山、神田山、尾長山と共にC字形に連なって一つの山魂を形成しています。山頂からは広島市街地、太田川の川面や宮島をはじめとする多くの島々の点在する瀬戸内の素晴らしい景観を楽しむことができます。市街地の山を忘れさせる恵まれた自然と要所で得られる展望の素晴らしさからハイカーの絶えることがありません。5kmと云われる縦走路はトレイルランニングのコースとしても人気があるようです。
JR、ストラムライン、バスなど交通の至便性に加えて縦走路には牛田山登山口(牛田総合公園)、牛田旭口、牛田早稲田口、早稲田小学校口、牛田新町口、不動院口、戸坂くるめ木口、戸坂口、戸坂南口、中山口、牛田東口、天神峠口、大内越口、山根口などの登山口からアクセスでき導標類も良く整備されています。
今回は山根口から登り尾長山、三角点、牛田山、神田山、三角点、見立山を経て牛田総合公園の牛田山登山口に下山する最長のコースをとりました。
○山根口8:47→尾長山9:31
JR広島駅から東区山根町に向かい二葉中学校裏門の所から北上しマンション群が見えると白い手摺の付いた階段が登っています。ここが登山口で「山根口(展望コース)登山口」の案内標識が立っています。登ったところはコンクリート吹き付け擁壁の上で、手摺りはあるものの相当の高さです。振り返ると市街地が広がっています。
道はすぐ薄暗い照葉樹林に入り地道に変わり、とても市街地の山とは思えない雰囲気に変わりました。5分ほどで尾長山の尾根に出ると「ハイキングコース案内板・尾長山」の案内板があり足場は露岩に変わります。この先尾長山までは牛田山山系の中では特異な露岩を踏んでの道となります。
登山口から緩急の道を18分ほどで最初の
展望岩場に着くと左右の展望が開けて来て、呉娑々宇山から船越の岩滝山、手前に大内越峠や高天原などが望めました。一旦穏やかになったマツ落ち葉の道を進むとまた「ハイキングコース案内板・尾長山」の案内板で、聖光寺の方へは下山できない旨が記されています。案内板からすぐでコース中のハイライトとも云える
展望岩場です。左手に呉娑々宇山が大きく迫り、正面に黄金山から絵下山、右手に市中心部から広島湾と素晴らしい眺望が展開しています。再び穏やかになった道を進み前方が開けると尾長山です。
○尾長山9:43〜四等三角点10:18
尾長山(185.7m)の山頂には「尾長山山頂」など導標が立っています。尾長山は三角点は無く地形図に山名も標高も記載されていませんが、露岩の山頂には砲台跡に「
航空標識塔」が設置されています。天神峠を挟んで二葉山に対峙する山頂からの展望は素晴らしく広島市中心部から広島湾、宮島、船倉山、大野権現山、極楽寺山そして鈴が峰、火山、武田山と連なる広島南アルプスなどの景観が広がります。また見立山、神田山などこれから歩く縦走路の一部も見ることができます。
尾長山からは牛田山に向けて尾根道を北上しますが、牛田山山系の山は広島市内の中心部に位置する里山ですから多くの登山口があります。このため主要な箇所には導標が整備されています。
山頂からは
二葉山へ向けての登山路である天神峠口への道が下り、牛田山に向けても航空標識塔を分岐に左右の道があります。今回は山頂から左に下りました。下るとすぐ左に分岐がありますが下ると龍蔵院を経て女学院大学に出るとありました。またこの時期にはタマミズキ見ることができます。
この分岐から少しぬかるんだところを過ぎると山頂からの右ルートが合流し、「←二葉山」と「二葉山・尾長山→」の表示があります。以前はこの辺りに鳥類研究所の施設がありました。小さなコブに上がると「←牛田東口」の導標があり左後方から道が合流しますが、この手前にあったはずの鉄塔は撤去された?のでしょうか。
牛田東口から1分で「大内越口→」の分岐点です。寄り道した高台からは木立越しに牛田山が望め大内越口の下山路が下っていました。縦走路に戻り進むとすぐ左に分岐がありますがどこに出るのやら、里山だけに里道が見られます。落葉樹主体の穏やかにアップダウンする尾根道を15分で175.9mの四等三角点です。
○四等三角点10:20〜牛田山11:03
三角点は地形図には山名はありませんが、丸太ベンチがあり格好の
休憩地となります。展望は東方向に開けて眼下には新幹線の車両基地や広島高速1号線、工事中の広島高速5号線そして府中町の茶臼山の稜線その先に鉾取山、原山、洞所山などの山並みが広がります。三角点から4分で「中山口→」の中山口分岐です。快適な尾根道を進むと14分で右から良い道が合流します。「新中山墓地へ下る」のプレートが掛かっていましたが、よく手入れされているようでした(前回は中山北山口(中山ヒルズ)の標示がありました)。この辺りでホームページを閲覧頂いているという4人グループの方に出会いましたが、記録は正確を期さないと肝に銘じました。
この分岐から6分ほどで「戸坂南口→」の戸坂南口からの道が合流します(分岐を下りると戸坂と中山の境界の中山峠、第一病院バス停近くにでます)。小休憩後、山頂に向います。この先は牛田山に向けての登りになります。3分ほどで道が二分しますがどちらをとってもすぐ合流します。鉄パイプ製のハシゴも敷設された急な階段を上ると2分で山頂です。山頂の手前に弥生時代後期の西山貝塚の案内があります(貝塚は登山道から10m程下りた所のようです)。
○牛田山11:54〜神田山12:17
牛田山(260.6m)には
三等三角点が置かれて小屋掛け休憩所やベンチやテーブルが設けられています。展望は良好で北から東方向は樹幹で遮られるものの南方向には尾長山や二葉山そして広島市街地中心部、西方向には大茶臼山、武田山から阿武山にかけて北に呉娑々宇山の山並みが望めます。
「牛田山展望案内」の案内図や「戸坂城趾(別名茶臼山城)」の説明板があります。説明板によると武田山の武田氏銀山城の家臣の戸坂入道道海が当地を治めたようです。その墓とされるものが山頂直下にありますが、今回は案内プレートが見当たりませんでした。
大休憩後は次の目的の神田山に向かいます。直下の「道海の墓」の入口は気づかなければ通過します。2分で早稲田小学校へ下る「←早稲田小学校コース登山口」の案内板があります。視界はほとんどありませんが起伏の少ない尾根の快適な道を進むと4分で戸坂口分岐、続いて2分で「戸坂口」の導標です。一旦鞍部に下り長い偽木階段を登ると神田山です。
○神田山12:24〜12:59見立山13:11〜牛田山登山口13:23
神田山(178.7m)は国土地理院の地形図には山名も標高も記載されていません。「ハイキングコース案内板・牛田山→」の案内板や「←牛田早稲田・牛田山→」の木柱はありますが山頂の表示はありませんでした。以前あった小屋掛け休憩所も無くなっていました。展望は二葉山方面や北方向に広島南アルプスが望めました。また山頂から南にシダに覆われた牛田早稲田口への道を少し進むと展望が得られます。
神田山から木階段を下ると5分で右が「不動院」、左が「牛田新町口・神田山山荘方面」の分岐で左に進みます。次いですぐ右が「牛田新町」、左が「牛田旭口」の分岐です。見立山、牛田総合公園は左です。(ここでうっかり右折し神田山第一調整池まで下ってしまい往復約8分のロスをしました)
再び「牛田旭口」の分岐に戻って左に下ると2分でまた分岐があり、「ハイキングコース案内板・牛田山」の案内板で右が「神田山山荘口分岐点」と書かれています。ここはそのまま直進しますが途中右に山王天権現の石碑があるので一登りしてみました。
進みすぐ西側が開けるとフェンスでその外は高い崖となり下には市教育センター、老人ホーム、原爆被害者特養ホームや牛田山荘などが見えてきます。道の頂点が135mの四等三角点で、フェンス外側の崖際に石柱が置かれていますが気づかなければ通過します。ここにはベンチがあり東側が開けて尾長山や二葉山を眺めることができます。
三角点を下ると牛田総合公園の上に出ました。道脇に「見立山の由来」の説明板があり、見立山は毛利輝元が広島に居城を定めるに際して地形を見立てた場所とあります。説明板から2分で見立山(118.2m)で「見立山展望案内」の案内板が立っています。山頂からの展望は尾長山から大茶臼山に掛けて広く開け、市中心部が手の届く近さです。
そのまま東に下れば牛田旭の登山口ですが、引き返し牛田総合公園に下りました。「ハイキングコース案内板・牛田山」の案内板を経て、「牛田山登山口」の絵図がある登山口に出ましたが見立山からは10分余りでした。途中には土砂崩れか土嚢による補修箇所や処理された倒木が見られました。少し下ったトイレの左上方に戦前の工兵隊関連の見立山記念塔がありますが以前はここからも見立山へ直登できました。トイレから道なりに下り駐車場を横断すると東区スポーツセンター、牛田公民館の脇に出ます。
広島里山紀行記